東京地方裁判所 昭和62年(特わ)1614号 判決 1988年11月30日
本店所在地
東京都新宿区新宿二丁目一三番一一号
大日ビル株式会社
(右代表者代表取締役加藤年男)
本籍
東京都新宿区高田馬場四丁目二九番
住居
同都同区高田馬場四丁目二九番六号
会社役員
加藤年男
昭和一五年二月四日生
右の者らに対する法人税法違反、宅地建物取引業法違反各被告事件について、当裁判所は、検察官井上經敏、同伊藤恒幸出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人大日ビル株式会社を罰金二億円に、被告人加藤年男を懲役二年六月にそれぞれ処する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人大日ビル株式会社(以下、被告会社という。)は、東京都新宿区新宿二丁目一三番一一号(昭和五七年五月三一日以前は、同都北区中里一丁目三〇番五号)に本店を置き、不動産の売買・管理・賃貸及び仲介業務等を目的とする資本金四〇〇〇万円の株式会社であり、被告人加藤年男(以下、被告人という。)は、被告会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括しているものであるが、被告人は、被告会社の業務に関し
第一 法人税を免れようと企て、被告会社取締役萩原光男と共謀の上、期末棚卸高を除外し、架空外注加工費を計上するなどの方法により所得を秘匿した上
一 昭和五七年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が四億七八〇四万三一二四円で(別紙一の1修正損益計算書及び同2修正製造原価内訳書参照)、課税土地譲渡利益金額が二億三四一五万七〇〇〇円あった(別紙一の3脱税額計算書参照)のにかかわらず、昭和五八年二月二五日、同都新宿区三栄町二四番地所在の所轄四谷税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一億六七九万八三七四円で、課税土地譲渡利益金額が零であり、これに対する法人税額が三九五九万六三〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(昭和六二年押第九四三号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同会社の右事業年度における正規の法人税額二億四二三五万六〇〇円と右申告税額との差額二億二七五万四三〇〇円(別紙一の3脱税額計算書参照)を免れ
二 昭和五八年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が六億一九六五万三〇四六円で(別紙二の1修正損益計算書及び同2修正製造原価内訳書参照)、課税土地譲渡利益金額が七億二二七四万八〇〇〇円あった(別紙二の3脱税額計算書参照)のにかかわらず、昭和五九年二月二八日、前記四谷税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一億一四三八万三五三二円で、課税土地譲渡利益金額が零であり、これに対する法人税額が三八八〇万九八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同会社の右事業年度における正規の法人税額三億九五五七万二八〇〇円と右申告税額との差額三億五六七六万三〇〇〇円(別紙二の3脱税額計算書参照)を免れ
三 昭和五九年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が五億五六一〇万五二九四円で(別紙三の1修正損益計算書及び同2修正製造原価内訳書参照)、課税土地譲渡利益金額が八億六四三四万五〇〇〇円あった(別紙三の3脱税額計算書参照)のにかかわらず、昭和六〇年二月二六日、前記四谷税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一億一五五四万五六四八円で、課税土地譲渡利益金額が零であり、これに対する法人税額が三七六六万六五〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同会社の右事業年度における正規の法人税額四億一二九万七九〇〇円と右申告税額との差額三億六三六三万一四〇〇円(別紙三の3脱税額計算書参照)を免れ
第二 法定の免許を受けないで、別紙四の買受一覧表記載のとおり、昭和五九年八月一日ころから昭和六一年九月三日ころまでの間前後一八回にわたり、同都新宿区新宿二丁目一三番一一号所在の被告会社事務所ほか七か所において、第一不動産株式会社ほか二五名から同表買受物件欄記載の宅地二三筆及び建物一〇棟を代金合計六八億六二〇万六〇〇〇円で買い受けたほか、別紙五の売渡一覧表記載のとおり、昭和五九年七月一〇日ころから昭和六二年二月五日ころまでの間、前後七回にわたり、右被告会社事務所ほか一か所において、株式会社醍知ランドシステムほか六名に対し、同表売渡物件欄記載の宅地一一筆及び建物一棟を代金合計一一五億二〇九〇万五〇〇〇円で売り渡し、もって宅地建物取引業を営んだ
ものである。
(証拠の標目)
判示全事実につき
一 被告人の当公判延における供述
一 第一回、第五回各公判調書中の被告人の各供述部分
一 被告人の検察官に対する昭和六二年六月三日付(以下、検察官に対する供述調書は検面調書と略称し、昭和六二年の作成にかかるものについては年度の記載を省略したうえ6・3付のように表記する。)、6・10付、6・13付、6・15付、6・16付、6・17付、6・18付、6・19付(一三綴りのもの)各供述調書
一 萩原光男〔6・3付、6・13付、6・17付(二通)、6・18付、6・19付(二通)〕、坂本正實(八通)加藤健男(八通)、田島政昭、藤丸多美子、小松四郎、宮崎宗次、植村守治、伊藤嘉昭の各検面調書
一 検察事務官大竹利忠外一名作成の昭和六二年六月二二日付捜査報告書
一 検察事務官作成の同年六月二二日付捜査報告書(土地重課税についてと題するもの)
一 検察事務官作成の同年六月二〇日付捜査報告書(二番町物件についてと題するもの)
一 検察事務官作成の同年六月一三日付捜査報告書(宮前物件資金移動図添付のもの)
一 検察事務官作成の同年七月二四日付捜査報告書二通(大日ビル(株)の商業登記簿謄本―閉鎖登記簿謄本を含む―添付のもの及び新宿ビル(株)の商業登記簿謄本―閉鎖登記簿謄本を含む―添付のもの)
一 検察事務官作成の同年八月二六日付捜査報告書(「昭和62年6月22日作成の捜査報告書の訂正について」と題するもの)
一 収税官吏作成の左記の各調査書
1 受取手数料調査書
2 外注加工費調査書
3 現場管理費調査書
4 支払手数料(原価)調査書
5 寄付金損金不算入額調査書
6 利益操作調査書
一 新宿区長作成の戸籍の附票の写
判示第一の事実につき
一 萩原光男〔6・20付のもの二通(但し、四枚綴りのもの及び五枚綴りのもの)及び6・22付のもの〕、加藤家光(三通)、滑川裕二(二通)、大角春雄、前田光雄、星野谷要二、石倉光雄、加藤一夫、村岸稔、坂本章二、古川清(二通)、大江哲也(二通)、池内武夫(6・18付二通、6・22付―但し、一一枚綴りのもの)、阿久津保房(三通)、細金英男の各検面調書
一 大蔵事務官作成の領置てん末書
判示第一の一の事実につき
一 押収してある法人税確定申告書(57/12期)一袋(昭和六二年押第九四三号の1)
判示第一の二の事実につき
一 青柳充洸の6・16付、6・18付(一七枚綴りのもの)各検面調書
一 押収してある法人税確定申告書(58/12期)一袋(同押号の2)
判示第一の三の事実につき
一 押収してある法人税確定申告書(59/12期)一袋(同押号の3)
判示第二の事実につき
一 被告人の6・19付検面調書(但し、一六枚綴りのもの)
一 萩原光男(6・20付―但し、三枚綴りのもの)、青柳充洸
(6・18付但し、一五枚綴りのもの)、木村智雄、安藤登紀子、齋藤芳子、三好克英、本間光雄、砂田晃、海老澤弘之、松井鴨夫、唐川睦夫、吉海一直、寺岡一己、石黒英四郎、杉山恵子、池内武夫(二通―6・20付、6・22付―但し、五枚綴りのもの)、山下直樹、富田直樹の各検面調書
一 検察事務官作成の6・19付電話聴取書
一 検察官作成の6・20付、6・24付各電話聴取書
一 東京都住宅局民間住宅部不動産業指導課田中寿嗣作成の昭和六二年六月一六日付捜査関係事項照会について(回答)と題する書面
(法令の適用)
被告会社の判示第一の一ないし三の各所為は、いずれも法人税法第一六四条一項、一五九条一項に該当するところ、情状により同法一五九条二項を適用し、同第二の所為は、包括して宅地建物取引業法八四条、七九条二号、一二条一項に該当するところ、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四八条二項により、各罪につき定めた罰金の合算額の範囲内において被告会社を罰金二億円に処する。
被告人の判示第一の一ないし三の各所為は、いずれも法人税法一五九条一項に、同第二の所為は、包括して宅地建物取引業法八四条、七九条二号、一二条一項に該当するところ、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、刑及び犯情の最も重い判示第一の三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処することとする。
(量刑の理由)
本件は、不動産の売買及び仲介業務等を目的とする被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括していた被告人が、被告会社の業務に関し、<1>同社取締役萩原光男と共謀の上、外注加工費や企画設計料の架空計上、期末棚卸高の除外、更には売上除外(昭和五七・五九事業年度分)などの方法により所得の大部分を秘匿し、被告会社の三事業年度分合計九億二三一四万円余の法人税を免れ、<2>法定の免許を受けないまま、業として一八回にわたる不動産の買受及び七回にわたる不動産の売渡を内容とする宅地建物取引業を営んだという事案であるが、ほ脱税額が右のごとく巨額であり、ほ脱率も通算して八八・八三パーセントに及ぶ高率であり、その所得獲得の手段としてなされた多数回にのぼる不動産売買自体無免許であったというもので、これらの点だけをもってしても、本件は、重大事犯というべきである。
ところで、被告人は、昭和四〇年二月、被告会社の前身である建築請負業を目的とする武洲建設株式会社を設立して、軽量鉄骨の取付業等を営んでいたが、昭和五一年二月に同社の商号を「武州事業株式会社」と変更し、昭和五二年二月には、商号を「大日ビル株式会社」に変更するとともに、不動産の売買・管理・賃貸・仲介業務を目的に加え、自ら同社代表取締役に就任して不動産業界への進出を計り、昭和五五年一一月には、被告会社とは別に不動産の賃貸・管理・売買等を目的とする新宿ビル株式会社を設立し、その代表取締役に就任して現在に至ったものであるところ、被告会社及び被告人においては、被告人が被告会社の業務に関し、架空の外注加工費を計上するなどの方法で所得を秘匿したうえ虚偽過少の法人税確定申告書を所轄税務署長に提出して、被告会社の昭和五三年一二月期の法人税五二〇〇万円余をほ脱したとの法人税法違反の罪で起訴され、昭和五七年五月一八日、東京地方裁判所で、被告会社が罰金一三〇〇万円に、被告人が懲役一年、三年間執行猶予に各処せられながら、その間自省することなく、右同様の方法で被告会社の所得を秘匿して本件犯行に及んだもので、被告会社及び被告人の法軽視の態度には著しいものがあること、その犯行の動機も、都心部における地価高騰とそれに伴う不動産業の好況を予測し、前記事件で失墜した信用を回復して不動産業界に生き残るための経営方針として、大手の不動産業者が敬遠するような権利関係の錯綜する底地を積極的に取得してその権利関係を整理し、マンションを建設するなど付加価値をつけたうえで処分する方法を企て、その実行に必要な資金をいわゆる裏金として確保しようと考えて脱税に及んだものであって、特に同情の余地はなく、権利関係の調整や付加価値の増大を図った点も、前件により同業者に遅れを取った被告人が業界に生き残るためにやむなく選んだ次善の策に過ぎず、さして被告人に有利な事情とはいえないこと、被告人らにおいては、土地重課といわれる不動産譲渡益を零に抑える一方、被告会社の利益は銀行から不動産購入資金の融資を受ける都合などの点を考慮して前年実績を維持するとの基本方針を設定したうえ、その実現に向け、被告会社の土地売買に関し、実兄加藤健男が代表取締役である株式会社新和、蕨産業の名称で板金業を営む坂本正實、実弟加藤家光が代表取締役である株式会社加藤電工等が地中埋蔵物の撤去工事、売買の仲介・企画等を、新宿ビル株式会社が土地利用の企画設計、現場管理、近隣居住者対策等をそれぞれ行ったように装って、右坂本正實、加藤健男等から架空領収書を徴するなどして外注加工費、企画設計料、支払手数料、現場管理費、近隣対策費を経費として架空計上したり、不動産売買そのものを新宿ビル株式会社や実兄加藤一夫経営にかかる加藤建材株式会社の名義を借用して行うことにより被告会社に帰属する不動産売上収入を除外し、又、折りにふれ被告人から確定申告にあたっては被告会社の利益を前年並みに抑えるよう指示されていた萩原光男において各期末棚卸高を適宜除外していたものであり、右新宿ビル株式会社との間では、同社と被告会社の決算期が異なることを利用し、被告会社の決算期前に不動産譲渡利益を一旦新宿ビル株式会社に帰属するかのごとく装った経理処理をなし、同社の決算期前になると当該利益相当分を企画料等の名目で被告会社に戻すという、利益のいわゆる「キャッチボール」までしていたもので、かかる被告会社における所得秘匿の手段・方法は大胆かつ巧妙であること、被告人は、本件についての捜査が開始されたのち、架空領収書の作成者らから当該領収書は架空のものではない旨を記載した上申書を作成させるなどして罪証湮滅工作に及んでいること、その他本件のごとき脱税事犯の罪質等を併せ考えると、犯情は悪質であり、被告人及び被告会社の刑責は非常に重いといわなければならない。
被告人らの弁護人は、<1>被告会社と新宿ビル株式会社間における「キャッチボール」といわれる資金の移動にについて、被告会社が、昭和五七年一二月期、新宿区新宿二丁目一三番一一号の土地(以下「新宿御苑第二物件」という。)の譲渡に関し、又、昭和五八年一二月期、目黒区三田二丁目一番四七号の土地(以下「三田物件」という。)の譲渡に関してそれぞれ新宿ビルに支払った金員については、新宿ビル株式会社の従業員が建物解体やビル建築施工につき監督し(新宿御苑第二物件)、近隣対策に従事した(三田物件)事実があるのに、これを無視して被告会社の新宿ビルに対する支払いを架空であるとして否認することには問題があり、少なくとも有利な事情として斟酌すべきである、<2>企画設計料等の名目による架空経費の計上の点については、被告会社が株式会社新和の加藤健男をはじめ、富士開発興業の藤丸末弘、清流社の滑川裕二らから領収書を受領する際、額面金額あるいはその数割に相当する金銭を同人らに対し支払っているところ、株式会社新和らにおいては、右各受領金員に相当する仕事を行っており、その部分をも架空経費として否認するのは疑問である、<3>千代田区二番町一〇番七及び同番三三の宅地(以下「二番町物件」という。)の売買による所得の帰属主体は実質的にも新宿ビル株式会社である、<4>二番町物件に係る賃借料収入も実質的には新宿ビル株式会社に帰属するもので被告会社の所得とされるのは疑問である、などと主張している。
しかしながら、右<1>については、関係証拠、特に被告人の検察官に対する昭和六二年六月一三日付、同月一七日付各供述調書(以下、検察官に対する供述調書は「検面調書」という。)、池内武夫の同月一八日付、同月二二日付、萩原光男の同月一七日付(但し、一〇枚綴りのもの)、同月一九日付(但し、一〇枚綴りのもの)、検察事務官大竹利忠外一名作成の同月二二日付捜査報告書(損益計算書の勘定科目中14科目の金額算定に関するもの)、収税官吏作成の現場管理費調査書及び利益操作調査書等によると、被告会社のなす所論指摘の各不動産取引につき新宿ビル株式会社が被告会社のために現場管理や現場付近の住民対策等の役務を提供することを約した契約書や新宿ビル株式会社からの見積書、注文請書等、一般の商取引の際に作成される書類が右両社間で取り交わされた形跡のないことは勿論、新宿ビル株式会社従業員富田直樹等が現場に赴くことはあっても、それは被告人の指示により同人に随行したという程度のものであり、右富田らが現場で取引関係者や付近住民らに自己の立場を説明するときには被告会社従業員の肩書表示のある名刺を利用するなどしていたこと、新宿ビル株式会社が近隣対策等に要する経費を支出した事跡はないこと、被告会社が新宿御苑第二物件の取引に関して昭和五七年一二月期に現場管理費の名目で新宿ビル株式会社に支払ったという一七〇〇万円については、同社の決算期末の昭和五八年三月一一日に同社からの企画設計料収入として全額取戻しの処理をしており、又、昭和五八年一二月期には、右三田物件、新宿区市ケ谷薬王寺七一番六号の土地(以下「薬王寺物件」という。)及び港区芝公園一丁目一五番一号の土地(以下「芝公園物件」という。)の取引に関しても近隣対策費等の名目で合計二億二八〇〇万円が新宿ビル株式会社宛に支払いの処理がなされているが、同社からは、右各物件の関係で、同年中に合計九五〇〇万円が、被告会社の昭和五八年一二月の決算期後である昭和五九年一月から同年三月五日までの間に合計一億二〇〇万円がいずれも企画設計料の名目で被告会社宛に支払いの処理が行われているのであって、被告会社としては右近隣対策費や現場管理費として新宿ビル株式会社に支払ったと言う金銭の殆どを被告会社の決算期後に取り戻しの処理をしていることが認められ、これらの事実を総合すると、弁護人が<1>で主張する現場管理、近隣対策は実体を伴ったものではなく、かかる経費は架空のものと認められ、この点についての弁護人の主張はそのまま採用することはできない。
又、<2>についても、関係証拠、なかんずく、被告人の昭和六二年六月一三日付、同月一五日付、同月一六日付、萩原光男の同月一七日付(但し、一八枚綴りのもの)、加藤健男(八通)、加藤家光(三通)、滑川裕二(二通)大角春雄、前田光雄の各検面調書、検察事務官大竹利忠外一名作成の同年六月二二日付前記捜査報告書、収税官吏作成の外注加工費調査書、支払手数料(原価)調査書、前記利益操作調査書、検察事務官作成の同年八月二六日付捜査報告書等によると、まず加騰健男については、同人が日頃から被告人に株式会社新和の資金繰りが苦しいことを訴えてその援助方を求め、被告人が三田物件、薬王寺物件等の処分に関し、加藤健男の右求めに応ずる意図をも含めて金員を交付していたこと、同人が右各物件及び芝公園物件等弁護人主張の各不動産の売却処分や土地の有効利用等の面からその所在地を検分するのに同行したことは窺われるものの、被告会社から受領した金員に見合う役務の提供をしたことはないこと、次に、藤丸末弘については、同人が大角春雄、前田光雄ら二番町物件の借地人との間で立ち退き交渉等の任にあたった形跡は窺われないこと、滑川裕二については、同人が昭和五二年ころ被告人と知り合って以来、被告人から飲食・遊興の接待を受けたり、滑川の主催する政治結社「清流社」が南方諸島で行う神社再建や遺骨収集事業に共鳴したなどとして金員を受け取っていたことは認められるが、滑川自身右金員が被告会社の業務に関して何らかの役務を提供したことの対価であるとの認識は持っておらず、これを「清流社」として公表したわけでもなく、その金額を確定するに足る客観的資料もなく、又、滑川が同人の昭和六二年六月五日付検面調書に添付されている被告会社宛の昭和五九年一一月二七日付の領収書に記載されている三五〇〇万円を受け取ったことのないことは勿論、同領収書の但書に記載されている銀座八丁目所在の土地占拠者との間で立退交渉をしたこともないことが認められるのであって、これらによると、被告会社が株式会社新和らから領収書を受領するについて支払った金員は、結局架空領収書作成に対する報酬として、あるいは、被告会社の事業遂行を離れた個人的交際費として支出したものであると見るのが相当で、これを被告会社の経費として認定すべきであるものとは認められない。
次に、<3>及び<4>についてみると、関係証拠、特に、被告人の昭和六二年六月一七日付(但し、五二枚綴りのもの)、池内武夫同月一八日付(但し、一二枚綴りのもの)、大角春雄、前田光雄の各検面調書、検察事務官大竹利忠外一名作成の同月二二日付前記捜査報告書、検察事務官作成の同月二〇日付捜査報告書(二番町物件について)、収税官吏作成の利益操作調査書によると、二番町物件については、契約書上、宗菊次郎からの底地購入及び前田光雄からの同地上の借地権付建物購入は新宿ビル株式会社名義でなされ、大角ふみ子外六名からの借地権付建物は被告会社名義で購入したものを新宿ビル株式会社に代金一億円で譲渡し、同社においては、これを更地として大倉事業株式会社に代金四億二〇一二万円で譲渡したこととされているところ、被告会社においては、以前マンション建設の目的で右物件の西隣りの土地を購入した際、マンション建設に反対する近隣住民との間で右土地に道路部分が含まれているか否かをめぐり紛争が生じ右目的を断念したことがあり、被告人としては、かかる紛争の再現を防止するため被告会社の名を伏せておく必要があると考えていたこと、宗菊次郎に対する底地購入代金二〇〇〇万円は新宿ビル株式会社名義で銀行から融資を受けて賄っているが、右融資先を被告会社宛とするのか新宿ビル株式会社宛にするかは専ら銀行側の都合により決定されたことが窺われ、その余の取得費用は被告会社が調達していること、大倉事業株式会社から入金となった土地代金は、一旦新宿ビル株式会社名義で受入処理されたものの企画設計料などの名目で被告会社に移し替えられており、新宿ビル株式会社には二番町物件の売買による利益は残存していないことが認められ、これらの事実によれば、右物件売買主体は被告会社であることは明らかであり、そうすると、弁護人が<4>で主張する二番町物件の借地人前田光雄、同大角ふみ子からの賃料収入の帰属主体も被告会社であると認められ、二番町物件に関する弁護人の前記<3>、<4>の主張はいずれも採用することができない。
たしかに、被告人及び被告会社の本件各取引を仔細に見てみると、被告人は、借地権等が付着していて地主の側からは思ったほどの価格で処分しにくい土地を被告会社が購入することで、かかる土地を抱えて相続税納付資金の捻出に苦慮するいわゆる旧家の右資金獲得に協力したり、立ち退きを余儀なくされる借地人らに対しては居住用のマンションを準備するなど、その相手方らに対しては相応の誠意を示していることが認められ、被告人及び被告会社を、非合法手段を用いてでも借地人らを立ち退かせた土地を売り抜けて法外な利益を貧ろうとする類型の「地上げ屋」と同一視することはできないこと、不動産業界においては、個々の取引をめぐって弁護人指摘のように同業者や仲介業者、資金提供者ら多数の関係者がそれぞれの思惑から種々口実を設けて利得にあずかろうと合理性の認められないような金銭を要求し、これに充当する金銭分が取引価格に上乗せされるようなことも稀ではなく、このことが地価を高騰させる原因の一つとなっていることは否定できないところであり、業界の抱える右のごとき問題点に目を瞑って被告人及び被告会社だけをことさら非難するのはいささか酷に過ぎるといえなくはないこと、被告人は本件の重大性を認識し、被告会社において株式会社エステートファイナンスから一パーセントの手数料及び年八パーセントの高金利を支払って三五億円を借り受け、本件起訴の対象とされた三事業年度分を含め昭和五六年度から昭和六一年度までの被告会社の法人税本税・附帯税合計二二億七一九六万四五四〇円を納付して反省の態度を示していること、本件が新聞紙上等で大きく取り上げられて厳しく糾弾されるなど相当の社会的制裁を受けていること、被告会社においては、本件がもとで取引銀行からの資金融資も受けられなくなり、納税資金も前記のごとく高利の借金に頼らざるを得ない結果となり、被告会社は、その存続自体が危ぶまれかねない状況に至っていること、被告人は本件に対する心労などから健康を損ね、医師の治療を受けていること、その他、被告人の人柄、家庭の状況等、被告会社及び被告人のために有利な、又は、同情すべき事情が認められる。
以上のような、被告会社にとって、それぞれ有利な、又は、不利な諸事情を総合勘案すると、被告会社に対しては、主文掲記の罰金刑を科すのが相当であり、被告人に対しては、本件犯行の重大性に鑑み、被告人のために酌むべき諸事情は刑期の点で考慮するのが相当であると判断して、主文掲記の各刑を量定した次第である。
(求刑 被告会社につき罰金三億円、被告人につき懲役四年)
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 稲田輝明 裁判官 中野久利 裁判官 中村俊夫)
別紙一の1
修正損益計算書
<省略>
別紙一の2
修正製造原価内訳書
<省略>
別紙一の3
脱税額計算書
<省略>
別紙二の1
修正損益計算書
<省略>
別紙二の2
修正製造原価内訳書
<省略>
別紙二の3
脱税額計算書
<省略>
別紙三の1
修正損益計算書
<省略>
別紙三の2
修正製造原価内訳書
<省略>
別紙三の3
脱税額計算書
<省略>
別紙四 買受一覧表
No.1
<省略>
No.2
<省略>
別紙五 売渡一覧表
<省略>